腸と脳の関係「脳腸相関」とは?認知症との関係やケア方法についても解説
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近年、「腸活」という言葉を耳にする機会が増えています。「腸活で認知機能を改善」「腸活で脳を守る」といったフレーズもよく見かけますが、「脳なのに腸?」と不思議に感じた方もいるのではないでしょうか。
実は、脳と腸はそれぞれが独自のネットワークを持ち、お互いに密接な関係でつながっていることが、近年の研究で明らかになっています。このような脳と腸の関係は「脳腸相関(のうちょうそうかん)」と呼ばれ、現在もっとも注目されている研究分野のひとつです。
研究の進展により、腸内環境は便秘や下痢といった消化器系の不調だけでなく、うつ病や認知症などの精神・神経疾患にも関与する可能性があることが示唆されてきました。つまり、「腸を整えること」は、心や脳の健康を守ることや、認知症リスク低減につながる可能性があるのです。
そこで今回は、この脳腸相関に焦点を当て、腸内環境と認知症の関連や、腸内環境を整えるための具体的な取り組み方法について解説します。
脳と腸のつながり「脳腸相関」
腸には、食べ物に含まれる栄養素を体に吸収しやすい形に変える「消化」という機能があります。食べ物は腸内で細かく分解され、腸の内側にある「絨毛(じゅうもう)」と呼ばれるヒダを通して体内に取り込まれます。この絨毛の表面積は非常に広く、効率的な吸収を可能にしています。
また、腸を構成する腸管内分泌細胞は、身体機能維持に欠かせないホルモン分泌もおこなっています。腸は主要な内分泌器官の一つでもあるのです。
一方で脳は、言語能力・判断力・計算力といった認知機能をはじめ、視覚・聴覚・触覚・味覚・嗅覚などの感覚機能、さらに感情や共感性、自発性、想像力、意欲などの感情機能までを担っています。つまり、脳は私たちの「考える力」だけでなく、「感じる力」や「生きる意欲」までも支えている器官です。
このように腸も脳も、人間の生命を維持し、心身のバランスを整えるうえで欠かせない器官ですが、近年の研究により、この二つが互いに密接に影響し合っていることが明らかになってきました。脳の状態が腸に影響を与え、反対に腸の環境が脳や心の働きに影響を及ぼしているのです。このような仕組みは「脳腸相関」と呼ばれています。
腸は第2の脳
腸が「第2の脳」と呼ばれる理由
脳と腸の関係についての研究が進むなかで、腸は「第2の脳」と呼ばれるほど、私たちの身体の機能維持に欠かせない存在であることが明らかになってきました。
腸は、内容物(食べ物)を押し動かす「蠕動(ぜんどう)運動」、内容物を細かく砕いて消化液と混ぜる「分節運動」、そして内容物を混ぜながら移動させる「振子(しんし)運動」という3つの動きを連動させることで、消化器としての働きを果たしています。驚くべきことに、これらの腸の運動は、脳や脊髄からの指令によってではなく、腸自身が独自に調整しておこなっていることが研究から明らかになりました。つまり、腸は高い自律性を備え、消化機能をコントロールしているのです。
私たちの脳には、情報伝達を担う神経細胞(ニューロン)と、それを支えるグリア細胞が存在しており、互いに情報をやり取りすることで思考や感情、行動、感覚などの脳機能を支えています。そして同じように、腸にも「腸管神経系」と呼ばれる神経ネットワークがあり、その中に脳と同じ種類のニューロンとグリア細胞が存在しています。腸壁にはこの腸管神経系が張り巡らされており、腸の運動、ホルモン分泌、さらには腸内の血流調整など、生命維持に直結するさまざまな働きを独自にコントロールしています。
このように、腸は脳からの指令を待たずとも、自ら判断し機能を調整しています。この高度な自律性から、「腸は第2の脳」と呼ばれています。
脳と腸の双方向のコミュニケーション
また、脳と腸は、お互いに情報をやり取りする「双方向のコミュニケーション」をおこなっていることが、近年の研究で明らかになっています。
たとえば、「ストレスを感じるとお腹が痛くなる」「緊張するとお腹が張る」といった経験をしたことがある方は多いのではないでしょうか。これは、脳と腸がさまざまな自律神経でつながっているために起こる現象です。
ストレスを感じると脳内でストレスホルモンが分泌され、それが神経を通じて腸に伝わることで、腸の動きが鈍くなったり、痛みを感じると考えられています。このように、腸は私たちの感情や心理状態の影響を強く受けており、気分やストレスなどの情動によって、消化機能そのものが変化することも分かっています。
一方で、情報は「腸から脳」へも伝わります。「長時間食事をとっていないので空腹を感じる」「食事をしたら満腹になった」といった感覚は、腸の状態が脳に伝わることで生じています。私たちは腸の動きを意識的に感じることはできませんが、このような自覚できない内臓の感覚は「内臓感覚」と呼ばれています。腸が内容物の通過を感知し、その内臓感覚が迷走神経を通じて脳へ伝えることで、脳が「今お腹がいっぱいだ」と認識します。
つまり、脳が腸に指令を出すだけでなく、腸もまた脳に信号を送り返しているのです。脳と腸はこのような双方向のルートを通じて常に情報をやり取りし、身体のバランスを維持しています。

画像素材:PIXTA腸内細菌が脳の働きに影響を与えるメカニズム
また、近年の研究により、「腸内マイクロバイオータ(microbiota:細菌・古細菌・真菌・ウイルスなど、実際に腸内に「存在している生物」全般)」と呼ばれる腸内細菌が作り出す物質が、腸の健康だけでなく、全身や脳の健康維持にも大きく関わっていることが明らかになってきました。
腸内には、実に500~1,000種類・約40兆個もの腸内マイクロバイオータが生息しているといわれています。私たちは毎日さまざまな食べ物を口にしますが、そのすべてを自分の力だけで消化できるわけではありません。消化しきれない栄養素を分解してくれるのが、腸内マイクロバイオータの重要な役割です。
これらの腸内細菌は、消化できない食物繊維や油脂などを分解し、酢酸・プロピオン酸・酪酸といった短鎖脂肪酸や、ビタミンKなどを生成します。短鎖脂肪酸は体内のエネルギー源となり、ビタミンKは血液の凝固に欠かせない物質です。こうした働きから、腸内マイクロバイオータは「隠れた臓器」とも呼ばれています。
さらに、これらの腸内で作られた物質は血流を介して全身や脳へ運ばれ、さまざまな生理機能を支えていることが明らかになりました。つまり、腸内環境を整えることは、腸だけでなく「全身」と「脳」の健康を守るうえでも欠かせない要素なのです。
腸内環境と認知症の関係
では、腸内環境や腸内マイクロバイオータは、認知症とどのように関係しているのでしょうか。
まず、認知症とは特定のひとつの病気を指すものではなく、アルツハイマー病などの神経疾患や、脳梗塞・脳出血などの脳血管障害などが原因となって、記憶力・判断力・言語能力などが低下し、日常生活に支障をきたす状態の総称です。そのため、認知症には「アルツハイマー型認知症」「脳血管性認知症」「レビー小体型認知症」など、さまざまな種類があります。
近年の研究により、認知症の人は健常な人と比べて腸内マイクロバイオータの構成が異なる傾向が報告されています。つまり、腸内細菌のバランスの変化が、脳の働きにも関連し得る可能性があるのです。
まだ研究段階ではありますが、こうした知見から、認知症の発症と腸内環境には深い関連性があると考えられています。実際に、認知症の患者では、腸内マイクロバイオータのうち「バクテロイデス門」に属する細菌が少ない傾向があり、それに伴い特定の脳内の代謝物質が減少していることが確認されています。
また、アルツハイマー型認知症やレビー小体型認知症といった神経疾患では、発症の初期段階から便秘や下痢などの消化器症状がみられることがわかっています。これらの事実から、腸の不調が脳に影響を与え、認知症の発症リスクを高めている可能性が指摘されています。

画像素材:PIXTAアルツハイマー病の遺伝子要因と腸内細菌の関係
さらに、日本人の認知症患者に最も多いアルツハイマー型認知症の原因疾患であるアルツハイマー病と腸内細菌との関係についても、近年研究が進められています。
アルツハイマー病は、本来であれば脳内から除去されるはずのアミロイドβやタウたんぱく質と呼ばれる物質が脳内の神経細胞に過剰に蓄積し、周辺の脳細胞を死滅させることで発症すると考えられています。これがいわゆる「老人斑」として知られる現象です。
しかし、近年の研究から、これら以外にもアルツハイマー病の発症に関わるたんぱく質が明らかになってきました。その一つがアポリポたんぱく質E(ApoE)です。ApoEは脂質を運搬するリポたんぱく質と結合して働くたんぱく質で、遺伝子型にはE2・E3・E4の3種類があります。このうちE4型(ApoE4)の遺伝子を持つ人は、アルツハイマー病を発症するリスクが高いと報告されています。
また、このApoE4と腸内マイクロバイオータが作り出す代謝物が相互に作用し、タウたんぱく質の蓄積を促進する可能性が指摘されています。つまり、腸内環境が遺伝的リスクをさらに高めている可能性があるのです。
こうした研究はまだ初期段階ではありますが、今後、腸内代謝物の詳細な働きが解明されれば、ApoE4を保有している人でも腸内環境を整えることで発症リスクを下げられる可能性が期待されています。
今日からできる脳腸ケア
ここからは、脳と腸の健康を同時に支えるケア方法をご紹介します。
これまで見てきた通り、腸は脳や全身の健康を支える非常に重要な臓器です。腸の健康を整えることは、脳の健康にもつながります。ただし、腸も脳も、個人差がとても大きい臓器です。そのため、誰にでも同じ効果がある万能な方法は存在しません。だからこそ、自分に合った健康づくりが脳腸ケアにもつながっていきます。
腸を大切にすることが、心と体の元気を支える第一歩です。今日から腸ケアを少しずつ生活に取り入れながら、脳や全身の健康を守っていきましょう。
腸の不調のサインを見逃さない
腸を健康に保つためには、まず不調のサインに早く気づき、適切に対応することが大切です。
腸は目で見ることはできませんが、「今日は調子が悪いな」といった変化を比較的感じ取りやすい臓器でもあります。実は、腸はとてもおしゃべりな臓器なのです。たとえば、便秘や下痢といった症状は、腸からの分かりやすいサインです。これらの症状が現れたときは、腸からの警告だと受け止め、腸や全身の健康を意識した生活を心がけましょう。
もちろん、一時的な便秘や下痢であれば神経質になる必要はありません。しかし、長期的に便秘が続いたり、腸の調子が悪い状態が続く場合は、腸のコンディションが乱れている可能性があります。腸のコンディションが乱れが長期間続くと、消化器系だけでなく、脳にも影響を与え、様々な健康トラブルのリスクを高めます。
このような症状がある際は、自分の体の声に耳を傾けながら、これを機会にこれから紹介する腸ケアの方法を取り入れながら、必要に応じて医療機関へ相談することをおすすめします。

画像素材:PIXTAバランスの取れた食生活で腸内環境を整える
腸内環境を整える第一歩として、バランスの取れた食生活は非常に効果的です。
「腸内環境を整える食事」と聞くと、ビフィズス菌を含むヨーグルトや、乳酸菌を含むチーズ・納豆・キムチ、食物繊維を豊富に含む玄米や大麦などを思い浮かべる方も多いかもしれません。確かに、これらの食品には腸の働きや腸内細菌に良い影響を与えることが分かっており、毎日の食事に適量取り入れることで腸内環境の改善が期待できます。
しかし、これらの食品だけを摂っていれば腸内環境が整うわけではありません。まずは、主食・主菜・副菜・乳製品・果物など、さまざまな食品から必要な栄養をバランスよく摂ることが基本です。その上で、腸に良い食材を適量取り入れることで、初めて腸内環境へのポジティブな影響が期待できます。
また、これらの食品を過剰に摂取すると別の健康リスクにつながる可能性もあるため、量には注意が必要です。まずは、食事バランスを意識して食べ、その中で腸に良い食品を少しずつ取り入れていきましょう。ただし、具体的な量や頻度は個人差があるため、体調を見ながら調整することが大切です。
運動で腸も脳も健康に
運動によって身体を鍛えることが全身の健康に良いことはよく知られていますが、実は脳や腸の健康にも良い影響を与える可能性がわかってきています。
適度な運動は腸の蠕動運動の促進や睡眠の質の向上や、ストレス軽減などに効果的なため、間接的に脳機能の維持につながる可能性があります。一部の研究では、運動により筋肉から分泌される因子(マイオカインなど)が認知機能に関与し得ることが示唆されています。
このように、運動は、脳や腸の健康にも幅広く寄与する可能性があるため、日常に取り入れたい生活習慣です。さらに、脳腸ケアのための運動において、最も大切なのは継続することです。そのためには、楽しみながら続けられる運動を選ぶことがポイントです。無理なく日々の生活に少しずつ運動を取り入れ、身体だけでなく脳と腸も元気に保ちましょう。
睡眠リズムを整えて健康を守る
脳や身体の健康に規則正しい睡眠が欠かせないように、腸の健康にも睡眠はとても重要です。私たちは毎日ほぼ同じ時間に眠り、また同じ時間に目覚めています。このような約1日の周期を持つリズムのことを、専門的には「概日リズム(サーカディアンリズム)」と呼びます。
実は、この概日リズムは心臓や肝臓、筋肉などの臓器ごとにも存在しています。そして腸にも独自の概日リズムがあり、これまで解説してきた腸内マイクロバイオータにもこのリズムがあることがわかってきました。
そのため、不規則で不十分な睡眠が続くと、全身の概日リズムが乱れ、腸に負担がかかります。腸への負担を減らし、腸内環境を整えるためにも、規則正しく十分な睡眠時間を確保することが大切です。
必要な睡眠時間は個人差がありますが、1日7時間を目安に、できるだけ決まった時間に寝る習慣をつけましょう。寝室の環境を整えることも、良質な睡眠を得るポイントです。また、就寝前の飲酒やカフェイン摂取、強い光のライトを控えるとよりよいでしょう。

画像素材:PIXTAまとめ
今回は、脳腸相関について、腸が脳や認知機能に与える影響と、腸ケアに効果的な取り組み方法を解説しました。
脳腸相関は現在も研究が進められている注目の分野で、日々新しい発見が報告されています。将来的には、これまで完治が困難であった認知症も、腸からのアプローチで改善できるかもしれません。
とはいえ、現時点ではまだ実現されていません。そのため、認知症予防には毎日の脳腸ケアと合わせて、早期発見が何より大切です。そこでおすすめなのが『認知症と向き合う365』です。
このサービスでは、認知機能のセルフチェックや、MRI画像をAIが詳細に解析する「BrainSuite®」がセットになっています。脳をハード(構造面)とソフト(機能面)の両方から定期的にチェックできるため、認知症の兆候や重要な変化に気づきやすくなることが大きなメリットです。
毎日のケアとあわせて、こうしたサービスを活用することで、将来の脳と腸の健康を守る健康投資にもつながります。腸と脳の健康を意識して保ち、いつまでも元気に、よりよく生きていきましょう。
- 画像素材:PIXTA
【参考文献(ウェブサイト)】
- 農林水産省(n.d.). 栄養バランスに配慮した食生活にはどんないいことがあるの?. [オンライン]. 2025年11月12日アクセス,
https://www.maff.go.jp/j/syokuiku/evidence/pdf/p9-13.pdf - 農林水産省(n.d.). 「食事バランスガイド」について.[オンライン]. 2025年11月12日アクセス,
https://www.maff.go.jp/j/balance_guide/
【参考文献(書籍)】
- 秋下雅弘(2023). 目で見てわかる認知症の予防. 成美堂出版.
- 旭俊臣(2022). 早期発見+早期ケアで怖くない隠れ認知症. 幻冬舎.
- 佐藤成美(2022). 本当に役立つ栄養学. 講談社.
- 坪井貴司(2024). 「腸と脳」の科学. 講談社.
この記事の監修者
佐藤俊彦 医師
福島県立医科大学卒業。日本医科大学付属第一病院、獨協医科大学病院、鷲谷病院での勤務を経て、1997年に「宇都宮セントラルクリニック」を開院。
最新の医療機器やAIをいち早く取り入れ、「画像診断」によるがんの超早期発見に注力、2003年には、栃木県内初のPET装置を導入し、県内初の会員制のメディカル倶楽部を創設。
新たに 2023年春には東京世田谷でも同様の画像診断センター「セントラルクリニック世田谷」を開院。
著書に『ステージ4でもあきらめない 代謝と栄養でがんに挑む』(幻冬舎)『一生病気にならない 免疫力のスイッチ』(PHP研究所)など多数。
