“老化による物忘れ”と”認知症による物忘れ”の違いを解説


画像素材:PIXTA
長寿化のすすむ現代日本において、認知症は誰にとっても身近な病気になりつつあります。高齢のご家族や身近な方に対して、「最近ちょっと様子が変わったかも?」と感じたことがある方も多いのではないでしょうか。
ところで皆さんは「物忘れ」と聞いて、どのようなことを思い浮かべるでしょうか。年齢を重ねると誰でも物忘れは増えるものですが、実は加齢にともなう「老化による物忘れ」と「認知症に見られる物忘れ」は、似ているようで違いがあります。
認知症は早期発見が鉄則です。「老化による物忘れ」と「認知症による物忘れ」の違いを理解しておくことが、認知症の早期発見の第一歩になります。
今回は、多くの人が混同しがちな「老化による物忘れ」と「認知症による物忘れ」の違い、そして認知症の初期症状について、わかりやすく解説していきます。
老化による物忘れの特徴
年齢を重ねるにつれて、少しずつ物忘れが増えてくるのはごく自然なことです。また、疲労やストレス、睡眠不足といった体調不良が原因で、一時的に記憶があいまいになることもあります。また、こうした「物忘れ」は高齢者に限らず、若い世代でも起こることがあります。 とはいえ、老化による自然な物忘れにはいくつかの特徴があります。ここでは、そうした「老化による物忘れ」によく見られる特徴を紹介していきます。
体験したことの一部を忘れる
たとえば、「今朝、何を食べたか思い出せない」「見ているドラマの俳優の名前が出てこない」といった、出来事の一部分が思い出せない場合は、老化による自然な物忘れの範囲と考えられます。体験そのものは覚えていても、細部が曖昧になっている点が特徴です。
ヒントがあれば思い出せる
「読んだ本の内容は覚えているけれど、タイトルが思い出せない。でも、本を見たら思い出せた」というように、ヒントやきっかけがあれば思い出せるのも、老化による物忘れと考えられます。記憶が失われているわけではなく、取り出しにくくなっているのが老化による物忘れの特徴です。
物忘れをしている自覚がある
「忘れていることの自覚がある」ことも老化による物忘れの大きな特徴です。
「いつもお願いしている美容師の名前、なんだったかな?」「鍵をどこに置いたっけ?」など、自分で忘れている自覚があり、思い出そうとする姿勢がある場合には、老化による物忘れの可能性が高いといえます。なお、ひとりで無事に思い出せた場合はそこまで心配はありません。
工夫や繰り返しで新しいことを覚えられる
老化とともに覚える力は少しずつ衰えていきますが、工夫次第で新しいことを習得することは十分可能です。たとえば、手順をメモにして覚えたり、繰り返し練習することで、新しい趣味を楽しんだり、仕事を続けたりすることもできます。
生活への影響はほとんどない
老化による物忘れは、「自分が忘れている」という自覚があるため、工夫や対策がしやすく、日常生活への影響はそこまで大きくありません。たとえば、予定をメモに残したり、スマートフォンのリマインダーを活用したりすることで、仕事や家事など、これまで通りの暮らしを無理なく続けることができます。
認知症による物忘れの特徴

画像素材:PIXTA
認知症による物忘れは、一見すると老化による物忘れと似ているように感じられることがあります。しかし実際には、老化では見られないような深刻な記憶障害や、行動や感情にも変化が現れるのが特徴です。
ここでは、認知症による物忘れの特徴について、老化による物忘れとの違いに注目しながら紹介します。
体験したことを丸ごと忘れる
認知症による物忘れでは、「朝ごはんを食べたこと」や「ドラマを見ていたこと」など、「体験そのもの」を丸ごと忘れてしまうことがあります。老化による物忘れでは一部が曖昧になる程度ですが、認知症の場合、出来事自体の記憶が抜け落ちて思い出せない点が大きな違いです。
症状が進行すると、「自分に子どもがいること」や「自分が何の仕事をしていたか」など、人生の根幹にかかわる記憶まで失われることが少なくありません。
ヒントがあっても思い出せない
老化による物忘れでは、何かきっかけやヒントがあれば思い出せることが多いですが、認知症による物忘れではヒントを与えても思い出せないことが多くなります。
たとえば、確かに昼食を食べたのに、「昼食の内容を思い出せない」だけでなく、家族に「さっきお昼食べたよ」と言われても、「昼食を食べたこと事体を思い出せない」といった状態になります。
物忘れをしている自覚がない
認知症に見られる大きな特徴のひとつに、「自分が物忘れをしている」という自覚の乏しさがあります。
周囲の人が「最近、忘れっぽくなったな」と感じていても、本人は「特に困っていない」「昔からこうだった」と気にしていないことも少なくありません。これは、認知症特有の「病識の欠如」と呼ばれる状態で、老化では見られにくい特徴です。
新しいことを覚えることが困難に
認知症では、新しい出来事や情報を記憶する力が著しく低下します。老化による記憶力の衰えであれば、新しい情報でも繰り返し学習することで記憶に定着しますが、認知症では症状が進むにつれて、新しい名前や出来事を覚えられなくなることも少なくありません。
たとえば、「昔担当していたヘルパーさんの名前は覚えていたのに、最近来るようになった新任のヘルパーさんの名前が何度聞いても覚えられない」「慣れる様子がなくずっとよそよそしい」など、その人の存在自体がなかなか記憶に定着しない、といったことが見られる場合もあります。
身体機能に支障が出る
認知症が進行すると、記憶や思考だけでなく身体の機能にまで影響が及ぶことがあります。
脳は、思考や記憶・言語・感情だけでなく歩行・食事・排泄といった基本的な身体機能も司っています。そのため、認知症が進むと、複雑な動きだけでなく、食べる・話す・歩くといった基本的な動作すらも困難になることがあります。
老化による物忘れでは、こうした機能への影響は見られませんが、認知症では「自転車の乗り方を忘れる」「食べ方がわからない」など、生活に必要な動作にまで影響を及ぼすことがあります。
生活にさまざまな支障が出る
老化による物忘れとの大きな違いに、認知症による物忘れでは日常生活にさまざまな支障が出てくることがあります。
なかでも、真っ先に影響を受けやすいのが仕事です。特に、複雑な調整や判断が求められる職種では、ほとんどの場合で業務を継続するのが難しくなります。
老化による物忘れであれば工夫することである程度対応可能ですが、認知症の場合、本人の努力だけでは補えない場面が増えていきます。やがて、日記をつける・読書する・予定を立てるなど、これまで当たり前にできていたことにも影響が出てきます。本人はなんとか頑張って続けようとするため、精神的な負担も大きくなりやすいです。

画像素材:PIXTA
認知症の初期症状
ここまで、老化による物忘れと認知症による物忘れの違いを紹介してきました。ここからは、認知症の初期に見られる主な症状について解説します。
まず知っておきたいのは、「これがあれば認知症」と断定できる明確なサインはないということです。脳の働きは、これまでの人生や生活習慣が大きく影響するため、認知症の現れ方にも個人差があります。
また、認知症の初期症状は、老化やストレスによる症状とよく似ているため、「歳のせいかな」と見過ごされやすい傾向にあります。ですが、よく観察すると、老化とは違う変化が少しずつ現れていることがあります。 あえて「認知症らしさ」を表すのであれば、「これまでできていたことが、うまくできなくなる」こと、と言えます。以下に挙げるような症状が複数当てはまる場合は、専門医や専門機関に相談することをおすすめします。
マルチタスクで失敗が増えた
認知症の初期には、複数の作業を同時にこなす「マルチタスク」が難しくなることがあります。
たとえば、「オーブンで食材を焼きながら、洗濯機を回し、アイロンをかける」といった、ふだん難なくこなしていた家事の手順が混乱し、順番を間違えたり、途中で別のことを始めてしまったりすることが見られます。
これまで当たり前にできていたマルチタスクの進行に支障が出ることが多くなった場合には注意が必要です。
物忘れが増えた・思い出せないことが増えた
「キーケースをどこに置いたか分からない」といったことは誰にでも起こることですが、玄関にあるキーケースを見て、「昨日帰ってきたときに自分で置いたこと」を思い出すことができるなら、そこまで心配はいりません。
一方で、認知症の初期症状に見られる物忘れでは、玄関のキーケースを見ても「昨日、自分でそこに置いた」という記憶がまったく思い出せないことが特徴です。記憶の内容だけでなく、「行動自体を忘れてしまっている」「出来事の前後関係がつながらない」という場面が増えることがあります。
会話に消極的になった
「言いたいことはあるのに言葉が出てこない」「話したいのに、うまく表現できない」といった、会話がスムーズにいかないことが認知症の初期に多く見られます。その結果、うまく話せないことがストレスになり、話すことをためらうようになることもあります。
ただし、人の話を聞いたり、会話の内容を理解したりすることは問題ないケースが多いです。そのため、会話には参加していても自分から話すことが極端に少なくなっている場合には、注意が必要です。
また、会話中に話の内容と関係のないことを言い出すなど、ちぐはぐなやり取りが見られるようになった場合も、認知症の初期症状の可能性があります。
にぎやかな場所を避けるようになった
繁華街やショッピングセンターなど、人が多く音や光の刺激が多い場所を、苦手と感じるようになるのも初期症状のひとつです。
こうした場所は処理すべき情報が非常に多く、あまりに多くの情報量に脳がついていけないため、強い疲労感を覚えるようになります。その結果、自然に避ける傾向が出てきます。

画像素材:PIXTA
ドラマや映画の展開についていけない
認知症の初期症状のひとつとして、物事の前後関係を把握しにくくなることがあります。そのため、シーンが頻繁に切り替わったり、登場人物が多かったりするドラマや、映画などの複雑なストーリー展開についていけなくなることがあります。
疲れていたり、集中力が落ちているときにもこうした感覚はありますが、自分が内容を理解できていない自覚がない場合には、認知機能の低下を疑ってもよいかもしれません。
意欲が低下した
認知症というと、「物忘れ」や「徘徊」といったイメージを思い浮かべる方が多いかもしれません。しかし実は、「意欲の低下」こそが認知症の最初期に現れるサインのひとつと言われています。
たとえば「長年応援していたアイドルのファンを急にやめた」「ファッションに強いこだわりを持っていたのに、みだしなみに無頓着になった」など、「その人らしさ」が感じられなくなるような変化があった場合は、一度医師に相談してみることをおすすめします。
感情がコントロールできない
認知症が進行すると、感情のコントロールが難しくなることがあります。これは、脳の働きが低下し、怒りや悲しみといった感情に対するブレーキが効きにくくなるためです。
認知症の初期症状では、会話中に突然怒り出したり、根拠のないことで人を疑ったりするなど、感情の起伏が激しくなる様子が見られることもあります。たとえば、「会話中に話題が飛ぶ」「見当違いなことを言う」など、場にふさわしくない行動が見られます。
こうした変化は、老化にともなう気分の浮き沈みとは異なり、脳の機能そのものに変化が生じている可能性があります。だからこそ、「なんだかいつもと違うかも?」と感じたときに、その違和感を大切にすることが早期発見につながります。

画像素材:PIXTA
認知症かも?と思ったら
「最近、物忘れが多い気がする」「もしかして認知症かも…?」そんな不安を感じたときこそ、早めに行動を起こすことが大切です。
たとえ認知症でなかったとしても、生活習慣の見直しや脳の健康意識を高めるきっかけになりますし、もし認知症であった場合でも、早期発見と早期対応によって生活の質を保ちやすくなります。
「大げさかもしれない」「まだ様子を見たい」と迷うこともあるかもしれませんが、何も問題がなければ「安心」という結果が得られます。不安な気持ちを抱えたままにしておくと、かえって精神的な負担が増してしまうこともあります。健康は日々の積み重ねが大切です。早めの行動を心がけましょう。
認知機能チェックを活用する
認知症の診断は非常に複雑で、「この検査だけで確実に判断できる」と言えるものはありません。ですが、気軽に受けられる認知機能チェックは、現在の脳の状態を知るのに有効なツールです。
最近では、インターネットや電話を通じて受けられる認知機能チェックも増えており、わざわざ病院へ足を運ばずとも受けられるので、「ちょっと気になる」という段階でも試しやすいのがメリットです。
ただし、1回のチェックだけで安心することはできません。良い結果でも油断せず、定期的にチェックすることをおすすめします。もし結果が思わしくなかった場合は、できるだけ早く専門機関の受診を検討しましょう。
もの忘れ外来の受診
最近、物忘れがひどくなってきたと感じる場合には、「物忘れ外来」の受診を検討してみましょう。
物忘れには、ストレスや疲労、睡眠不足など、体調不良や心理的な要因によって一時的に引き起こされるものも多く、治療や生活習慣の改善によって回復が期待できるケースもあります。物忘れ外来では、現在の物忘れが老化によるものや改善可能なものなのか、それとも認知症などの脳の病気が関係しているものなのかを、見極めるための専門的な検査を行います。
もし今の物忘れが、老化によるものや治療可能なものであれば改善が期待できますし、万が一認知症であっても、早期に気づくことで適切な対応や支援につなげることができます。気になることがあれば、できるだけ早めの受診をおすすめします。
認知症ドックを受ける
「認知症のリスクを詳しく調べてみたい」場合には、認知症に特化した検査プログラムである「認知症ドック」をおすすめします。
認知症ドックでは、医師による問診やMRIやCTといった画像検査による脳の構造チェックにくわえて、神経心理検査による記憶力・注意力・判断力などの評価が行われます。こうした複数の検査を組み合わせることで脳の状態を多角的に把握し、老化にともなう自然な変化と、認知症による変化との違いを判断します。
将来の認知症リスクを把握しておきたい、という方にとって認知症ドックは有効な選択肢のひとつです。

画像素材:PIXTA
まとめ
今回は、「老化による物忘れ」と「認知症による物忘れ」の違いを中心に、認知症の初期症状や、早めに行動する重要性について解説しました。
年齢とともに記憶力がゆるやかに低下するのは自然なことですが、なかには老化の範囲を超えた、認知症のサインが隠れている場合もあります。早い段階でその違いに気づき、適切に対応することで、認知症リスクを抑え、今後の生活の質を保つことにもつながります。「まだ大丈夫」と思っていても、ちょっとした気づきをきっかけに、できることから行動を始めてみることが大切です。
はじめやすい毎日の認知症対策として『認知症と向き合う365』の利用がおすすめです。
このサービスでは、認知機能のセルフチェックや、脳ドックのオプションにも採用されているMRI画像をAIで解析して脳の状態を数値化する「Brainsuite®」がセットになっています。また、検査の時期には通知が届くため受け忘れの心配がなりません。定期的に脳をチェックすることで認知症リスクの早期発見の一助になります。
何か気になることがあれば、専門スタッフにいつでも相談できるので「誰にも相談できずに不安」という方にとっても心強い相談先となります。加えて、随時更新されるオリジナルコンテンツもあり、続ける楽しみがあるのもおすすめのポイントです。
大切な人生を、自分らしく健やかに歩み続けるために。ぜひ、『認知症と向き合う365』を日々の認知症対策の一歩としてご活用ください。
【参考文献(ウェブサイト)】
- 秋下雅弘(2023). 目で見てわかる認知症の予防. 成美堂出版.
- 朝田隆(2023). 認知症グレーゾーンからUターンした人がやっていること. アスコム.
- クリスティーン・ボーデン / 桧垣陽子(2003). 私は誰になっていくの?――アルツハイマー病者からみた世界. クリエイツかもがわ.
- 山川みやえ・繁信和恵・長瀬亜岐・竹屋泰(2022). 認知症plus若年性認知症. 日本看護協会出版会.
- 若井克子(2022). 東大教授、若年性アルツハイマーになる. 講談社.
この記事の監修者

佐藤俊彦 医師
福島県立医科大学卒業。日本医科大学付属第一病院、獨協医科大学病院、鷲谷病院での勤務を経て、1997年に「宇都宮セントラルクリニック」を開院。
最新の医療機器やAIをいち早く取り入れ、「画像診断」によるがんの超早期発見に注力、2003年には、栃木県内初のPET装置を導入し、県内初の会員制のメディカル倶楽部を創設。
新たに 2023年春には東京世田谷でも同様の画像診断センター「セントラルクリニック世田谷」を開院。
著書に『ステージ4でもあきらめない 代謝と栄養でがんに挑む』(幻冬舎)『一生病気にならない 免疫力のスイッチ』(PHP研究所)など多数。